不老不死を願うのは悪役、ていうイメージがなんとなくあって、これは俺の場合は大概ドラゴンボールのせいなんだけど、実際そんなに美しい願いではないのだろうと思う。必然的に、その先に尽きない欲望が存在している事がわかるからだ。いつまでも若く美しくありたい、というだけで願うことではなく、老いることなく若く美しくあれるなら、あれもこれも出来るじゃん、という願望が明け透けになってしまうわけだ。

対して、永遠を願う瞬間、というのがあって、これは結構誰でも経験があるはずで、この瞬間は間違いなく、必ず、絶対美しい。

例えば雨の降る休日、片付けるべきタスクをさっさと終え、暇なので好きなCDでもかけながら、何にも捉われず好きな飲み物を口にした瞬間。友人や恋人と談笑している内に、なんとなく手に取った漫画を読み始めたりして、不意に訪れる気安い沈黙。大好きなバンドのライブの、会場のテンションがピークに達した時。美しい瞬間だからこそ、永遠を願うはずなのである。

逆に、永遠が叶う瞬間はどうであろう、と考えたのだが、あらゆる事象に永遠というのはほぼありえず、もしあり得るとしたら、それは死か破滅しかないのではないか。死んでしまえば、永遠に死に続ける。滅んでしまえば、永遠に滅んだままだ。美しいとか美しくないとかではなく、単に虚無。

みたいな感じで、永遠というのは、叶わないからいいというか、ただ願う時だけ美しい言葉になるんじゃないのかな、という事を最近思った。人によって、またその人生の時期によって、頻度が違ったりはするだろうけど、前向きに生きていれば、永遠を願う瞬間に巡り合う機会も増えるのだろうか。はたまた、たくさん願う機会があった方がいいのか、人生に一度ってくらい貴重な方がいいのか、まではまだ考えが及ばないが。永遠を願うのは、その時に感じている幸せを、保存したいからなのかな。保存するのと永遠を願うのは似ているのかもしれない。

進捗

近くのコーヒーショップの店長に仲良くしていただいているのですが、会う度に「国マガ復帰しないの?」「新作はやく持ってきてよ」「連載まだ?」と言われるのです。ので、そのコーヒーショップを舞台に、いくつか短編を描けないもんかな、と思い、描き始めてみました。

スタバに行った事がないのをイジられて悔しがるJKが、地元でコーヒーショップを見つけ、オシャレぶる為に入店を試みる話です。

表紙含めると1話9ページ。可能な限り早く描き上げたいのですが、1か月とちょっとはかかってしまうのかも。現在、2週間ちょっとで、一部の背景と表紙以外はほぼ下書きが終わり、とりあえずペン入れも始めました。出来るだけ力を抜いて、早めに描くことを目標に頑張りたいと思っております。

普通の頭身で割とちゃんと漫画を描くのは久しぶりなので若干怯みましたが、描きだしてみるとやっぱり楽しいです。

雑記

こないだコメダ珈琲店にいきまして、いつもはネタ帳だとかスマホなど持って行ってネタ出しだとかをウダウダするのですが、その日はなんも持ってませんでした。

そこで、その店舗に備え付けられている読み物を読んでみようと思いました。冊数はそれほど多くはなく、更新もされてなさそうなものの、新聞から情報誌、絵本、童話など、ちょっとした幅のあるジャンルと、面白いチョイスの読み物が置かれています。同じ棚に女性セブンと星の王子さまと並んでいたりします。

僕が目を付けたのは、「ちいさなポケット」という、小学校低学年の児童向けの雑誌でした。理由は2つあって、単純に面白そうだったのと、昔、家に何冊かあったのを思い出したからです。(という事は結構前から存在する雑誌だったのでしょう)

ちょっとした科学の話や、絵本、童話、漫画といった、こどもが読めるようなコンテンツがジャンル問わず詰め込まれている感じでした。また、編集後記や、ある作家の思い出の本を紹介するエッセイなど、「こどもに読み聞かせる大人」が読んでも面白い文章も載っていました。この号については、「2009年度の最終号」という位置づけだったらしく、連載が終了する作品がいくつかあったようでした。

この号の特集、「タンポポと1円玉」は、『たんぽぽと1円玉は同じモノで出来ています』というくだりから始まり、肉眼、虫眼鏡、顕微鏡と、ミクロのレベルに至るくらいにだんだん近寄っていきながら観察をし、分子や原子、電子の構造の解説、それを発見した人、発展させた人、の名前などもあげながら、感性豊かな挿絵を交えつつ、楽しい比喩、丁寧な言葉選びで解説するというものでした。中学、高校レベルにまで踏み込む勢いの内容ですが、単語などを覚えさせる目的ではなく、「かいつまんで言うとこういう事だよ」という、テーマの芯をとらえた、論理的かつ建設的で良質な講義のようでした。『あなたや、あなたのおばあちゃんも、原子で出来ています』とか、『ぼくらの大部分は窒素など有機物からなり、カリウムやカルシウムを含みます』みたいな、身近なものを取り上げながらの比喩や比較が多いのでわかりやすい、というか、興味が持ちやすいのかな。

連載作品もたのしげで、動物のキャラクター達の探偵モノ(映画のチケットが盗まれたので犯人を捜す、など平和な内容)とか、投稿コーナーとか、まちがい探しとか、とにかくあらゆるこどもの楽しみが詰まったような雑誌でした。ながめてると、なんかやりたくなってくるような。

どのページに載っているどのテキストにも配慮が行き届いていて、とにかくシンプルで美しい言葉遣いが徹底されているし、作家陣のコメントもこどもに向けていたり、単に思い出話を語っていたりとのびのびしていて、つまり何を強烈に感じたかっていうと、ものすごく真剣に向き合って、かつ楽しんで作られているな、と思ったんですね。こどもが読んでも、その親御さんが読んでも、心に残るような雑誌なんじゃないかな、と思いました。実際、昔読んだのをうっすら覚えてましたし。いい雑誌だなと。情熱がにじみ出ているというか。

ただ悲しいかな、数年前に休刊してしまった様ですね。電子書籍の波にのまれた形かもしれません。なんだかすごく寂しい気持ちになります。何冊かamazonで購入してみようかな。

コーヒーとピザを注文して、食べながら読みました。たいへん充実した時間を過ごせました。中々おいしかったです。

ネームなど切っている。

作業中に考えていたのは、今まで受けた指摘だとか、感想のこと。今になってやっと体感として理解できることが多い。言われたその時はピンとこなかった…というか、結局受け入れる事が出来てなかったんだな、というのを痛感する今日この頃。

しかし逆に、昔、自分で描いた漫画などを見返してみたら、正直結構よかった。面白くはないというか、荒いし、絵は下手なんだけど、言いたい事があったんだな、というのがよかった。当時は今よりも「話し下手」だったんだと思う、自分だから読めたけど、知らない人では目につく点が多い事だろう。今だったら、もうちょっとわかりやすく描いたりできるんじゃないかと思う。

ただ、ここ何年か、言いたい事がない…というか、あっても言わない様にしていたきらいがあって、微妙に悩んでいる。これはつまり、抱え込めない分は、人間、さっさと忘れてしまうらしいからで、そうなると色んな事に対してすぐ諦めがつくようになり、興味が湧きにくくなる。これが凄く良くない気がする。独白だけになったとしてもブログを更新することには、その時の自分にとってはそれなりの意味があるのかもしれない。

そういう現状の俺からみて、色々言いたがっていた昔の自分の漫画が、なんかそんなに悪くないものに思えたわけである。

なんだかんだ、鈍行、牛歩ながらも、ほんの少しずつでも積み上げてきたものがあるんだな、などと思った。それに最近は、なんか楽しい。大学時代、あるいは卒業直後の感覚を、ちょっとだけ取り戻せているような気分。ただ単に、描くのを無闇に楽しんでいた頃。ここ数年は、結構捻くれていたんだな、など省みてもいる。気持ちだけ焦り過ぎていたのかも。

もう半分、人生ドロップアウトしたようなもんなんだから、開き直りがカギになってくるのかも。やっぱり多少、過ぎるくらい楽しむ方向に傾いてないと、集中できない。それが逃げと言われてもなんでもよい。作品数を増やす事が一番大事だって事を強く念頭に置かなければ。

鼻がズルズル、くしゃみも出る。9月。これもしかして例の、秋の花粉症の可能性ないかな。ブタクサみたいなやつ。来世があるとして、植物に生まれ変われるとしてもマジでやぶさかでないと思ってるけど、ブタクサはちょっと。名前だけでこんな虐げられてる感でるやつは中々おらで。クソムシみたいなことでしょ。ともあれ、風邪じゃないといいんだけど。麻疹が流行する可能性もあるとかいうし、気をつけなくちゃ。

最近、台風が2つも3つも、通り過ぎたとか かすめただか、とにかく雨風の強い日が続いた。にも関わらず、バイトやら予定やら、年甲斐もなく遅刻ギリギリで家を出るもんだから、雨の中無理矢理チャリを漕いでいた(そりゃ風邪もひくか…)。泥がついたり、チェーンが水浸しになったろう、という事で、自転車の手入れをできる範囲でやる事に。ボディとチェーンの洗浄をして、チェーンオイルを注した。オイルはさし過ぎも良くないという事だけど、今ひとつ塩梅が分からない。不安なのはブレーキで、最近全然効かない。メンテナンス法がさっぱりわからんので、調べてどうにかしなくては、なんて思ったりしている。ただ自転車の手入れって、部品やら消耗品やら買うのはしょうがないにしても、他で使わんから持ち合わせてないような工具も必要になるもんだから、都度、お金がかかる。今そんなにお金ないのですよ。勘弁していただきたい。

最近、特にバイト終わった後に、コメダにやたらと行く。コーヒーチケットも買っちゃったもんね(バスの回数券よろしく、1枚につきコーヒー1杯と引き換える事ができる、9枚綴りのチケット)。だいたいアイスミルクコーヒーとチリドッグを頼むんだけど、近頃は夜涼しくなってきたので、あたたかいのも飲みやすくなってきた。

なぜコメダに行くかというと、ネタ出しとかプロット練るのによいのです。家だとマジで、本気で何もしない。やる事というか描くものがあると描けるんだけど、ないとボーッと時間を潰してしまう。いかん空気が流れている。形成してるのは自分だけど。コメダにおいては、他にすることがないし、夜ならそんなに人がいない日も多いので、よい。地区センターにこもるのと似ているが、夜、23時までやってるというのがとても良い。ただ、店員さんに顔を覚えられてしまったようで、ちょっと挨拶を交したり、ということが起きたりする。変なあだ名付けられたりしてないだろうか。ブタクサとか。

地元の別の喫茶店…グリーブというが、そちらにもたまにいく。店長さんは仲良くしてくれるし、大変愉快な人なので、好きだ。じゃあなんでたまにかっていうと、店長さんがとにかく話しかけてくれるので、考え事には向かないからだ。あすこは、話しに行く、とか、人恋しさでいきたくなったり、という場所なのである。

グリーブの店長さんは、やたらと国マガで描いてた4コマ漫画を気に入ってくれていて、早く続きを描け、と会うたび言われる。多分120パー描かないと思うんだけど、心が痛まないではない。うーん。